岐路に立つ資本主義、見直されるマルクスの『資本論』~『読書大全』をひらく⑥

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『資本論 1~9』 岩波文庫
カール・マルクス(著)、エンゲルス(編)、向坂 逸郎(翻訳)

見直されるマルクスの『資本論』

数年前であれば、マルクスの『資本論』と言えば完全に時代遅れで、今はもう誰も読まない本というイメージがありましたが、現在の行き過ぎた資本主義の反動から、今、改めてこれを見直そうという機運が盛り上がっています。

本書は、マルクスが資本主義の運動法則を解明し、社会主義・共産主義社会が到来する歴史的必然性(社会主義体制の優越性)を説いたものです。マルクスの手による第1巻「資本の生産過程」は1867年に出版されましたが、第2巻「資本の流通過程」、第3巻「資本主義的生産の総過程」は、彼の死後、エンゲルスによって編集・出版されました。

社会主義の成立に科学的な根拠を与え、包括的な世界観と革命思想としてのマルクス主義を打ちたて、以降の政治・経済思想に極めて大きな影響を与えた、社会学、経済学の歴史を語る上で、極めて重要な本です。

『資本論』の原題と対立概念

ドイツ語の原題は”Kapital, Kritik der politischen Ökonomie”、英語では”Capital, Critique of Political Economy”で、これを直訳すると「資本:政治経済学批判」になります。2013年にトマ・ピケティの『21世紀の資本』(フランス語:Le Capital au XXIe siècle)が世界的なベストセラーになりましたが、原題を比較してみれば分かるとおり、この本の邦題も『21世紀の資本論』としてもよかったかも知れません。

『資本論』の中には、” kapitalistisches System”(資本制システム)という用語が出てきて、日本語ではこれが「資本主義」と訳されていますが、意外なことに”Kapitalismus”という単語は登場しません。しかしその後、マルクス主義者たちによって、敵対者の立場を非難する言葉として、”capitalism”(資本主義)が”socialism”(社会主義)や”communism”(共産主義)の対立概念として使われるようになったのです。

『資本論』の中で明らかにされたもの

18 世紀半ばにイギリスで始まった産業革命は、19 世紀にはヨーロッパ大陸へと拡大していき、19 世紀の後半になると、ヨーロッパ中で資本家と労働者の貧富の格差が拡大し、貧困や過酷な工場労働に苦しむ人が増えていきました。

マルクスは、スミス、リカード、ミルなどイギリス古典派経済学の研究を進める中で、商品の価値の実体は労働であり価値の大きさは労働時間によって決まるという「労働価値説」を継承し、さらにそれを投下労働量による商品の交換価値という精緻な理論に仕上げ、利潤の源泉は労働者の生み出す剰余価値にあることを示しました。

そして、生産と流通を含む資本主義的生産過程という統一的な観点から資本主義を捉え直し、剰余価値を生む資本が、利潤、価格、地代などどのような形態をとり、どのような道筋で流通し、どのように再生産され、資本家と労働者の関係を拡大再生産していくかを明らかにしました。

さらに、ヘーゲルの弁証法を継承することで、人間社会の歴史に適用された弁証法的唯物論である史的唯物論(唯物史観)という批判的方法論を確立し、資本主義はやがて不安定になり内部崩壊を引き起こして新しいシステム(社会主義、共産主義)へと移行すると予測しました。

マルクスが実現を望んだ共産主義社会とは

史的唯物論は、人間社会にも自然界と同じような法則が存在すると考える歴史発展観です。有史以来の人間社会を、物質的生産力の発展水準に応じた生産様式の変遷という視点から捉え、そこでの階級対立を通じて社会は発展してきたと考えます。そして、資本主義社会における階級対立は、生産手段を管理する支配階級(ブルジョワジー)と、賃金と引き換えに労働力を売る労働者階級(プロレタリア)の間に存在すると考えます。

この階級対立は、労働者階級の階級意識の発展をもたらし、最終的には労働者階級が政治的権力を獲得することで、階級のない自由な生産者の集まりとしての共産主義社会が確立すると考えます。

マルクスは、その実現を推し進めるべく、労働者階級が資本主義を打倒し、社会経済的解放をもたらすために組織的な革命的行動をとるべきだと訴え、それがソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)の成立につながっていくことになるのです。

我々は新たな社会システムを構築できるのか:岐路に立つ資本主義

この『資本論』とマルクスの未整理の手稿を改めて紐解き、現代の資本主義社会の矛盾を乗り越えようという意欲的な試みを行っているのが、今、大ベストセラーになっている『人新世の「資本論」』を著した斎藤幸平です。斎藤はこの本の中で、ソ連が作り上げた全体主義的なコミュニズム(共産主義)ではなく、コミュニティを核に社会を再構成することで資本主義の次の社会システムを構築しようという、「脱成長コミュニズム」を提唱しています。

崩壊した旧ソ連のロシアのみならず、中国をも飲み込む形で拡大を続ける資本主義という巨大システムの矛盾を、その枠組みの中で解決できるのか、或いは資本主義に取って代わる、社会主義・共産主義以外の新たな社会システムが構築できるのか、今、我々は大きな岐路に立たされているのです。

2021年4月に、『読書大全』という本を出版しました。人類の歴史に残る名著300冊をピックアップして、その内の200冊について書評を書いたものです。この300冊を、「第1章 資本主義/経済/経営」「第2章 宗教/哲学/思想」「第3章 国家/政治/社会」「第4章 歴史/文明/人類」「第5章 自然/科学」「第6章 人生/教育/芸術」「第7章 日本論」の7つに分けています。

この連載では『読書大全』の中から、企業の持続可能性に関わるものをピックアップして解説していきます。

著者

堀内 勉

一般社団法人100年企業戦略研究所 所長

多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学社会的投資研究所所長。 東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員CFO、アクアイグニス取締役会長などを歴任。 現在、アジアソサエティ・ジャパンセンター理事・アート委員会共同委員長、川村文化芸術振興財団理事、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、READYFOR財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、上智大学「知のエグゼクティブサロン」プログラムコーディネーター、日本CFO協会主任研究委員 他。 主たる研究テーマはソーシャルファイナンス、企業のサステナビリティ、資本主義。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、プロの書評家でもある。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)
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