AIと予測(AIで何ができるのか?) ~経営者はAIとどう向き合うべきか②

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AIは正しい判断ができるのか

ある会社の経営者が「AIを使って事業を改善したい」と考えました。本シリーズの前回、DX事業部が立ち上がり、理系出身の清水君が部長に任命されましたが、清水君は具体的に何を行うのかで頭を悩ませていました。

前回の記事はこちら
データドリブンな企業への変容 ~経営者はAIとどう向き合うべきか①-1
データドリブンな企業への変容 ~経営者はAIとどう向き合うべきか①-2

その経営者には「最近はAI、AIといわれるが、AIには、何ができるのか。今までのテクノロジーと何が違うのか」ということが、なかなか理解できません。「仲のよいA社ではAIを導入したと聞くが、AIは何をやってくれるのか。清水君と最近契約したB社のデータサイエンティストに聞いてみよう」と、社長室に清水君を呼ぶと、清水君から次のような報告がありました。

「社長、B社からシステム開発の提案がありました。わが社の潜在的な顧客をAIで予測してくれるシステムです。」

どの企業でも、潜在的な顧客を発掘するために営業活動を展開していますが、その営業部隊には多額の人件費がかかっているでしょう。AIを使えば、どこに潜在的な顧客がいるかを予測するシステムを実現できるというのです。そのためには「社内データを精査し、アルゴリズムを開発し、システムに落とし込む必要がある」という提案です。

「ただ、今はデータサイエンティストの人件費が非常に高騰しているので、わが社のデータを使ってシステム開発するのに8,000万円の費用がかかるそうです。それで稟議をあげてよいでしょうか。」

実はこの話、私が関係したプロジェクトで実際にあったエピソードです。私は研究者なので具体的な金額は聞いていませんが、最終的には1億円を大きく超える費用を支払ったようです。ここで問題となるのは「何に基づいて投資すればよいのか」という判断基準です。この費用が高いのか安いのか、経営者にはその判断が求められます。

カナダにあるトロント大学のビジネススクールで学部長をしている友人のアジャイ・アグラワル教授は、北米だけでなく日本でも多くの企業の顧問に就任していますが、彼が執筆した『Prediction Machines』という本のなかの第3-4章に「魔法の予測マシン」のことが書かれています。そこからヒントをもらい、判断基準について考えてみたいと思います。

AIで何ができるのか?予測

投資をするかどうかという判断を行う際には、当たり前ですが「AIが何をしてくれるのか」ということを厳格に把握しておかないといけません。「魔法の予測マシン」では、AIができることを、広義の「予測」であると述べています。では「予測」とは何か。過去から未来への時間軸上で考えたときに、「予測」とは未来を予測するだけではありません。「予測」は英語でPredictionまたはForecastですが、今の足元を予測するNowcastもあります。ビッグデータを使って過去を明らかにするPastcastもあります。

「予測」には、隠れた情報を明らかにする力があります。人間の認識能力には限界があるので、自分は見えているつもりでも、人間の能力では検知できないものを見せることができます。人間は距離が遠く離れた場所の状況を直接見ることはできませんが、ある一定の条件のもとで状況を予測することも(クロスセクション分析といいます)も「予測」の範囲です。「予測」とは、欠落している情報を補充するプロセスであり、データという手持ちの情報に基づいて、新たな情報を生み出し、生産していく行為と考えてよいでしょう。

AIの活用事例の典型的なものとして、クレジット会社における不正利用の自動検出があります。予測マシンは、データと予測モデルからつくっていきます。以前からクレジットカードの不正利用を検出する(予測する)仕組みがつくられてきました。最近、とくに改善されてきたのがリアルタイム性の問題です。

最近、私もクレジットカードを利用停止される経験をしました。在宅勤務が増えて仕事用の椅子2脚を買い替えようとしたとき、最初の椅子を買ったあと10分ほど間を空けて、異なる型式の椅子を連続して買おうとしたらクレジットカードが止まりました。

日頃、クレジットカードであまり高額な買い物をしないので、正常な利用状態とは異なり高額な商品を購入したことでAIが1回目のアラームを出したのでしょう。そして2回目の購入で「これは不正利用に違いない」と判定してクレジットカードを止めたのです。「予測」について、アグラワル教授は「ある情報から別の情報を創造するという概念は、近年AIが達成した成果を中心で支えているものだ」と述べています。

言語の翻訳も「予測」によって実現してきました。旧約聖書に登場する「バベルの塔」の物語をご存じでしょうか。神は、天にも届くような「バベルの塔」は神に対する冒とくであると怒って、言語の混乱を起こしました。かつて人間は同じ言語を使ってコミュニケーションを行っていましたが、言語をバラバラにして混乱を起こすことで、人間の意思疎通を不自由にして集団的な行動をやりにくくしました。

これまでに数多くの言語学者が、「バベルの塔」の物語に記された言語の混乱が本当かどうかを確かめようと、様々な言語の経緯を辿り、原点を探り、共通性を認識する研究を行ってきました。しかし、今ではAIによる自動翻訳は、一定の法則性を見出せるようになり、極めて精度が高くなってきました。

予測の改善

こうした予測は、過去と現在を比較してどれだけ改善されたのでしょうか。1990年代は、あるモデルを使ってクレジットカードの不正利用を予測する場合、80%ぐらいの正解率でした。2000年代に入ると、正解率は一気に90%から95%になり、ジェフリー・ヒントン教授が開発した「ディープラーニング」でAI元年と呼ばれる2006年には、正解率が98%から99.9%までに上がり、ほぼ正解の状態になってきました。

正解率が98%から99.9%へ上昇することは、何を意味しているのでしょうか。一見すると、あまり変わっていないように思うかもしれませんが、ここで考えなければならないのは間違えたときのコストです。求められる予測の精度と開発コストのトレードオフを、経営者は考える必要があります。正解率が85%から90%に上昇すると、間違える回数は3分の2に減少します。しかし、正解率が98%から99.9%に上昇すると、間違える回数が20分の1と大きく減ります。

ここで人間が間違える回数と試行回数の問題が出てきます。AIを導入することで、どれぐらいの人件費が抑えられるのか。正解率80%なら適用できないのか。人間と正解率が大して変わらないのなら、十分だと考えるのか。AIの予測の精度を上げれば上げるほど、実用化のハードルは変わりますし、コストも異なります。この辺りを経営者はしっかりと判断しなければいけません。

同じAIシステムをつくるにしても、得られる便益は会社ごとに異なります。会社の体制によっても異なります。従ってAIシステムには定価がありません。それぞれの企業の事業に応じて判断するしかないのです。

AIができる予測の幅の広がり

新しい予測の応用も、次々に登場しています。通常モデルでできなかったことができるようになったり、昔ながらのテクノロジーが使われてきた分野で精度が飛躍的に改善したりすることがあります。従来モデルでは物体の認識、画像解析などは予測できませんでしたし、言語翻訳も十分な成果ができませんでした。創薬もAIの予測ができませんでしたが、最近では利用可能になっています。

経営判断を行うとき、AIの予測精度向上と予測可能性領域が広がってきたことを区分して考える必要があります。AIの実用化を検討する場合に、業務改善を目的に効率を上げるために使うのか、新しい事業を創出するために使うのかで、投資の価値が企業ごとに異なってきます。

著者

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

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