AIは企業のビジネスをどのように変容させるか ~企業はAIとどう向き合うべきか⑫

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組織ヒエラルキーの変化

『マネーボール』は、メジャーリーグのオークランド・アスレチックスを舞台に、選手とゲームに関するデータベースシステムである「セイバーメトリックス」を使って、野球選手を補強していく小説『The Art of Winning an Unfair Game』を映画化したものです。

従来、選手を評価するときには、盗塁数や打率といった指標で判断するのが常識で、それに基づいて選手を補強していました。しかし、実際の分析では、勝敗に影響するのは出塁率や長打率であると予測が出ました。それに基づいて意思決定を行い、選手補強やチーム編成のルールを変更することで、予算が制約されているなかでもアスレチックスは勝ち進んでいきます。今までと違う指標で判断することで、スカウトやチーム編成を行う組織に行動変容が起きたのです。

戦略の変化は、組織の直接的・間接的なヒエラルキーも変化させました。予測の改善で、フィールドの選手に変化が現れます。誰をスターティングメンバーとして起用するか。それは監督、コーチの権限ですが、その判断が変わります。どのような選手を補強するか、スカウトの判断も変えました。AIがその判断をするのであれば、旧来の意思決定をしてきたスカウトは必要なくなります。もちろん、スカウトの役割は従来ほど重要でなくなっても、一定の役割は残っていくでしょう。

チームで起こったのは、フィールド外で採用する人材の劇的な変化でした。「セイバーメトリックス・アナリスト」という、この道具を使いこなす専門家が必要になりました。そして、予測が改善されると、組織において高位の役職が誕生します。リサーチサイエンティスト、データサイエンティスト、分析担当ヴァイス・プレジデント(VP)といった役職です。選手のスコア(出塁率や長打率)について判断できる人材の価値が上昇し、決断に予測を取り入れる判断が評価されるようになります。それによって、旧来の経営陣の交代が進められる可能性も出てきています。

戦略的な選択では新しい判断が必要

戦略的な選択を行うには、新しい判断が必要になります。それは判断が複雑化するためです。セイバーメトリックス以前は、個人の長所や短所といった単純な評価軸で物事を判断すればよかったのですが、定量的な評価が可能になると、個体(選手個人)の評価から集団(チーム)の評価まで予測できるようになります。

集団の評価では、組織全体の報酬関数 の変更が必要になります。個人の成績は以前ほど重要ではなくなり、監督・コーチは個々の選手が採用された理由を理解したうえで、ゲームごとにチーム構成を考えることが要求されます。

AIが戦略的な変化を引き起こすための要素は、3つあります。まず、コスト低下と支配力の拡大の間にトレードオフ関係が成立していること。次に、トレードオフには不確実性が介在しなければならないこと。最後に、不確実性が大きいほど、支配することから得られる利益が増加すること。経営者が判断すべきこれらの経営戦略そのものがAI戦略であり、AIビジネスになるのです。

AIがビジネスを変容させるとき

いずれAIが経営者自身のビジネスを変容させるときが訪れます。経営者は自分の役割がどこで終わり、どこから他人に任せるべきかを考えなければなりません。これは人間と機械との分担や、自分の会社とほかの企業との分担でも出てくる問題です。

AIは、企業のビジネスの境界を変化させる可能性を持っています。資本設備、データ、人材など、企業が必要とするすべての生産要素において、予測マシンは企業の考え方に変化をもたらします。

しかし、便利さと短期的な効率化によって、強化される人間の専門性と弱体化する人間の専門性が出てきます。しっかりと長期的に、組織が強くなるのか、弱くなるのかについて考えなければなりません。予測マシンは、本当に組織の生産性を上げて持続可能性に寄与するのでしょうか。この問題は、経営者が判断しなければならない、極めて重要なポイントです。

何を残して、何を任せるべきか。短期的成果と長期的成果のトレードオフ、典型的な事象と非典型的な事象の間で起こるトレードオフは、外部の下請け企業にどれだけ頼るのかという、組織にとって重要な選択に関わってきます。機械に任せることで人間が弱体化し、それによって致命的なトラブルが発生するかもしれません。本当に機械や外部の下請け企業に頼ってよいのかを考えなくてはならないのです。

不確実性が大きいほど、支配することから得られる利益が増加すると述べました。予測コストが安くなることで不確実性が最小限に抑えられますが、同時に戦略的なジレンマが生じます。「もし、こうならば、こうする(if・then)」ルールの「if」が増えれば、企業は契約書のなかに非常事態が発生したときの対応を明記すればよいことになります。AIによる予測が顧客満足まで含めて提供されれば、自信を持って新商品を投入できます。

予測マシンが優れた評価を下せば、企業は複雑な契約や製品の採用をためらわなくなるでしょう。そうして社内で完成されていたシンプルなプロセスの多くが、アウトソースできるようになります。それはどのような事態を招くのでしょうか。そこに想像力は働くのでしょうか。

AIはデータのあり方に影響する

AIは、データの所有と権利にも影響を及ぼします。データが増えれば、予測は改善され、データは将来に対する投資となります。しかし、他人に任せると、組織のなかに貯まるはずのデータが入手できなくなり、人間や組織が弱体化することがあります。

アジャイ・アグラワル教授の著書『予測の世紀』では、エイダというスタートアップ企業の事例が紹介されています。エイダは、企業と顧客の交流支援を業務としていましたが、大手チャットプロバイダーの製品に、エイダの製品が統合されるチャンスがありました。それによって、一気にマーケットに普及するビジネスチャンスを迎えたのです。

しかし、エイダは業務提携のメリットとデメリットを考えなければなりませんでした。製品を統合すれば、短期には大きな利益を得られます。一方、エイダに貯まるはずだったデータは、チャットプロバイダーに貯まっていきそうです。チャットプロバイダーは、エイダの仕組みで得られる膨大で貴重なデータの価値に対して、業務提携を提案してきているのです。

経営者は、業務提携を受けるべきかどうかについて、どのように判断するのでしょうか。もし資本提携まで受け入れれば、データをチャットプロバイダーからもらう立場に変わります。最終的にエイダは提案に対して「ノー」と決断し、その後の成長を実現しました。

不動産テック分野でも、予測の技術や、自動的に決済する技術が出てきました。それを導入するのは簡単ですが、社員は弱体化してしまうかもしれません。予測を機械に任せることで、マーケットに対する関心が薄れたり、決済を任せたりすることで、不動産取引を成立させるのに必要となる、コアの力が弱体化するかもしれません。さらに不動産の仕事が魅力的に見えなくなって、ヒトの採用すらできなくなるかもしれません。経営者は、そのようなトレードオフを常に決断をしないといけません。新しいテクノロジーが企業にとって重要かどうかの判断には、このような視点が必要になってきます。

たとえば、航空機の自動操縦機能が発展しても、パイロットが不要になるわけではありません。多くの航空事故が、人為的なミスによって起こってきたことを考えれば、自動操縦によって事故が大きく減ったことは確かです。パイロットが注意散漫で居眠りしたり、単純な操作ミスで危機を招いたりするといったトラブルは減少できるかもしれません。しかし、過去において経験したことがないような事態に陥った時の対応力は確実に低下します。従来のパイロットなら回避できたような墜落事故を、スキルの低下によって回避できずに、乗客の生命が失われる大きな事故を起こすことも出てきてしまうかもしれません。

テクノロジーの進化において、連続性の欠けている部分を指すミッシングリンク(失われた環)は必ず存在します。そのような視点で、経営者は、機械と人間との共存、他社とのアウトソーシングや提携を考えなければならないのです。

著者

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

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