国際不動産投資市場
7-1.グローバル投資リスク

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目次

前回シリーズの「不動産市場のマクロ分析」では、これから高齢化が進む中、将来の不動産需要が低下することで不動産価格が暴落する「アセット・メルトダウン(資産崩壊)」が起こる可能性について、言及しました。グローバルエイジング(世界的な高齢化)の進展で、日本ではすでに人口減少に転じており、中国でも2022年に61年振りの人口減少を記録。このような人口動態の変化が、不動産市場にどのようなインパクトを与えるのでしょうか。

シンガポール国立大学時代に書いた私の論文が、2015年9月1日に日本経済新聞の「経済教室」で紹介され、その1週間後にシンガポールのビジネス紙でも掲載されました。当時の不動産学部長だったヨーヘンデン教授との共同研究で、シンガポールにおいて2040年までに不動産価格の約30%の下落が起こる可能性を予測しました。

これに対して専門家からは、「不動産需要の低下によって不動産価格が下落することは昔から言われている」と反論もありました。私たちも、それは認めていて、1980年代にハーバード大学のグレコリー・マンキュー教授らによる論文でも、同様の結論を得ていました。しかし、価格下落は起こらなかった。それは「なぜか?」という問題です。

シンガポールの不動産専門家の反論は、次のようなものでした。「シンガポールやニューヨークのような国際都市では、International Investment Flow(国際的なお金の流れ)に支えられて、国内需要が減ったとしても海外からの資金の流入によって不動産価格は支えられる」と。その主張は正しいのでしょうか。

グローバル投資リスク

国際的な不動産投資の問題を考える前に、グローバル投資のリスクについて考えてみましょう。「不動産投資市場がグローバル化することで、さまざまなリスクが生じる」という研究が始まったのは、2001年にJ-REIT(不動産投資信託)が立ち上がった後、「REITの国際的投資を解禁するかどうか」という議論が行われた2004年から2006年でした。

この当時の議論は、不動産投資市場が過熱して新規の物件の取得が難しくなったときに日本の国内に投資をすることが正しいのか、それともグローバルに見た時に海外にはまだ「伸びしろ」があるマーケットがあるならばそこに投資するほうがよいのか、ということです。

東京の不動産市場が過熱状態であれば、地方都市に行こうと考えるのか。それとも、お隣の国に行こうと考えるのか。これから都市への集中が進む時に、地方の停滞していくリスクを取るより、成長している海外に投資したほうがいいのではないかという考え方です。

一口にグローバル投資といっても、さまざまなタイプがあります。日本の投資法人が、海外で投資をする。魅力的なマーケットが日本の中にあると考えて、海外投資家が日本で投資をする。さらに、日本の不動産で組成したREITを海外市場で上場させる。単純に日本が海外に出ていく、海外から日本に入ってくる以外にさまざまな形があり、それによってリスクも多様化してきました。

為替リスクによってリターンはどう変わるか

不動産投資では、不動産のリスクに加えて、金利のリスクが重要です。国際不動産投資のリスクを考えたとき、さらに重要になるのが為替のリスクです。不動産投資の評価指標を作成している英国IPD(Investment Property Databank Ltd.)の創業メンバーで、元大学教授のイアン・カレン氏が2006年頃にこの問題を鋭く分析していました。IPDは、世界30カ国以上で不動産のデータベースを作成して指標を出していますが、米国モルガンスタンレー・グループのMSCI(Morgan Stanley Capital International Inc.)に2022年11月買収されました。

2005年時点のフィンランド、スイス、スウェーデン、ノルウェー、スペイン、アイルランド、イギリス、フランス、ポルトガル、イタリアなど、欧州各国のGDP(国内総生産)の成長率を横軸、IPDの不動産投資リターンを縦軸に取ってグラフを作成すると、経済が成長している国では、不動産投資のリターンも高くなっていることが分かります。

しかし、国ごとに経済成長率はまちまちですから、その時点で「伸びしろ」がある、つまりこれから伸びていくと思われるスイス、ドイツ、イタリアに投資していくのか。現時点で成長が加速しているスペイン、ノルウェーに投資していくのか。アイルランドは過熱しているのではないか。そのようなことを見ながら投資先を考えます。

ここで重要なのは、通貨の問題です。EU(European Union, 欧州連合)圏ではユーロが使われていますが、異なる通貨として英国ではポンド(GBP, Great Britain Pound)、ノルウェーではクローネも使われています。その通貨の違いを考慮する必要があります。

自国の通貨で自国の不動産に投資する場合は、不動産投資のリスクだけです。IPDでは、EU圏内でユーロを使っている不動産投資のインデックスと、英国やノルウェーなどを含めた欧州全体の不動産投資インデックスを公表しています。この2つを比較すると、不動産投資のリターンは、欧州全体のインデックスが高くなっていました。欧州におけるウエイトが大きい英国などの不動産市場が伸びていたのが理由と考えれば、同じ欧州での不動産投資でも、EU圏内で投資するより、欧州全体で分散投資したほうがリターンは勝っていたことになります。

さらに、為替リスクを加えると複雑になります。USドル(USD)で投資をするケースとして、米国の投資家がUSドルでEU圏内に投資をする場合、欧州全体に投資をする場合を見てみます。ユーロで投資した場合には5%から12%の高いリターンがありました。しかし、ドルで投資すると、結果はマイナスでした。これが為替のリスクになります。

不動産投資のリスクだけなら、プラスのリターンがあったのに、アメリカからドルを持って投資に入ると、為替で負けてマイナスになる。これがEU圏内にGBPで投資する場合でもリターンが少し変わってきます。プラスのリターンですが、ユーロで投資するよりも低い結果でした。当時はユーロが強くなった時期でしたので、ユーロで欧州全体に投資するのが、1番高いリターンになったことが分かります。

ポートフォリオによってリターンは違うのか

不動産投資のポートフォリオも、国によって違っています。投資対象として、オフィス、リテール(商業施設)、レジデンシャル(住宅)などがありますが、スウェーデンはオフィスの比率が非常に大きい。不動産投資が発展する過程で、まずオフィス市場の投資から始まった経緯があります。リターンは低いけれど、安定的な住宅、さらに商業施設が、後から拡大してきました。最近では、ホテルが入ったり、ロジスティクス(物流施設)が入ったりと、ポートフォリオも変わってきています。

英国は非常に成熟した市場で、歴史が長い。オフィスの比率は30%で、彼らはそれぐらいが「ちょうどよい」と思っているのでしょう。次に、商業施設が成長してきましたが、住宅は限定的です。一方で、住宅の比率が高いオランダやスイスのような国もあり、それぞれの国の事情で投資対象の不動産タイプも変わります。

それを認識したうえで、不動産から得られる収益を投資額で割った「インカム・リターン」を見てみましょう。2008年と2009年のデータになりますが、欧州でも国ごとに経済成長率が異なり、ポートフォリオの状態も違います。当時は景気が悪かったドイツでもインカム・リターンは5%ぐらいありました。不動産価格がかなり上昇していた国でも、4%から8%の間でした。

ここが、私自身、非常に重要であると思っているポイントです。株は「株価の変動で、勝つ時もあれば負ける時もある」ということ、不動産は「グローバル投資でリターンを見ても、安定的に家賃収入が入っていれば4%から8%のインカム・リターンがある」ということです。

資産の変動分を薄めていこうとすれば、長期で保有すれば限りなくゼロに近くすることができる。売らなければキャピタルロス(損失)は顕在化しません。マーケットのタイミングを見て売ることができる余力ある資金であるならば、インカム・リターンは、どの国でも、どの不動産タイプでも、マーケットの状況に関係なく、4%から8%ぐらい入ってくるのが不動産投資の特性と言うことができます。

グローバル投資について、これから考えるべきことは、不動産投資資金のクロスボーダー化です。為替リスクを織り込んだうえで、またはヘッジしたうえで、クロスボーダー化して国際間でのお金の流れが激しくなってきています。特に、アジアへのお金の入り方が伸びてきている。新興諸国がこれからどうなってくるのか。変貌する不動産投資リスクを正しく理解していくことが必要な時期を迎えています。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

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