日本が国際社会でルールメイク側に立てない原因は「真面目すぎる気質」にあった

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※本記事は「ダイヤモンドオンライン」に2024年1月16日に掲載された記事の転載です。

日本経済復活およびビジネスパーソン個人の成長の秘訣を示した『CFO思考』が、スタートアップ業界やJTCと呼ばれる大企業のビジネスパーソンを中心に話題となっている。5刷3万3000部(電子書籍込み)を突破し、メディアにも続々取り上げられている話題の本だ。
本書の発刊を記念して、著者の徳成旨亮氏と、多摩大学大学院教授の堀内勉氏の対談が実現。「世界で活躍できる子に育てるために親ができること」「ビジネスパーソンの教養」「企業倒産の意味」といったテーマについて、6回にわたってお届けする。(撮影/疋田千里、構成/山本奈緒子、取材/上村晃大)

いいかげんなのに成功者が多い
アメリカの起業家たち

――徳成さんは著書『CFO思考』の中で、重要なテーマとして「アニマルスピリッツ」について触れています。「アニマルスピリッツ」とは、経済学者ジョン・メイナード・ケインズが生み出した用語で、「経済活動に見られる主観的で非合理的な動機や行動のこと」で、今の日本にまさに足りていないものだと著書の中で指摘しています。改めてなぜか伺っても良いでしょうか。

徳成旨亮(以下、徳成) たしかに著書では、CFOにはアニマルスピリッツが大事だと書きました。でも実はCFOだけではなくて、私はビジネスパーソンすべてにアニマルスピリッツが必要だと思うんですね。著書名は『CFO思考』ですが、本当に言いたかったことは、「すべての組織人よ、アニマルスピリッツを持とう!」ということなんですよ。

僕は日経平均株価を構成する225社のうちの2社、ニコンと三菱UFJファイナンシャル・グループ(三菱UFJ)のCFOをやらせていただいている間、海外投資家からずっと、「日本人もしくは日本企業、日本経済にアニマルスピリッツはないのか」と言われてきました。

実を言うと僕は、堀内さんと違って本を読まない人間ですから、そこで初めて「アニマルスピリッツとは何だろう?」と思って、一生懸命調べたわけです。で、経済学者のケインズが言っていた言葉なのか、と知ったのがもう十何年前。

僕が政治経済の授業で習ったケインズって、もっと近代経済の基本的なことを説いている印象があったものだから、まさかアニマルスピリッツなんて言っているとは、と驚いて。経済というのは数理的な仮定に基づくものではなくて南極探検と大差ない、とまで書いてある。そんなことを言う人なの?とまったく認識していなかったんです。

そこで改めていろいろ考えてみると腑に落ちるものがあった。たしかに日本人は真面目で勉強も大好きだから、何事も論理的に考えたり、何とかリスクを減らそうと考えることも得意です。でもアメリカのビジネスパーソンや起業家を見ていると、いい加減な人がいっぱいいるけど、そういう人が大成功したりするんですよ。

そのあたりを考えると、日本人はもうちょっと思い切ってやったほうがいいんじゃない?と。そういう思いも込めてこの本は、全ての日本の経済人、とくに若い人めがけて書いた1冊なんです。

あとは、おじさんたちにも向けて。僕たち経営者に近い立場の人たちは、自分の会社がどこまでリスクを取れるか、ということは本当はわかっているんですよ。とくにCFOは会社の財務をしっかり見ていますからね。

だからわかっているんだけど、「無事これ名馬」思想で、あと何年で退職だからとか、このままいけば子会社の社長になれるからとか考えて、なるべくリスクを取らずやっている。そういう経営者、とくに財務経理担当役員が多いのが現実なんですよね。

堀内勉(以下、堀内) そこが欧米との一番の違いと言えますよね。

日本人の「真面目さ」が
足枷になっている

徳成 本当に。「ここまでならリスクを取れますよ」というリスクキャパシティと、自分たちの取っているリスクとの差を、ちゃんと認識してほしい。それで若い人たちに思い切ってやらせるということも経営者には必要なんじゃないの?と、実はわりとおじさん層に向けて書いた本だったんですけど、今のところ若い人たちにも読んでいただけているようで。嬉しいことではあるんですけど、もうちょっとおじさんたちにも響くといいなと思っています。

もともと欧州で生まれた資本主義は、マックス・ウェーバーが『プロテスタンティズム倫理と資本主義の精神』で分析したように、神から課せられた職業的使命を達成することや利益追求は善であるという考えがベースにある。その資本主義がアメリカに渡ってさらにゲーム感覚が付加された。成功に対する執着や、リスクをゲーム感覚で捉える強さ、みたいなところがあるんですよね。

そういうアニマルスピリッツ的なものが、日本人のこの真面目な文化とどう融合すればグローバルに戦えるようになるのか。これは日本人としてもっとも考えなければならないことなんですけど、ここからは堀内さんに解説をお願いできればと思います。

堀内 私も徳成さんと同じで、海外で働いた経験がありまして。私はニューヨークなのですが、ビジネスの世界で同じ言葉を使っていても、そのニュアンスや受け取り方が、アメリカと日本ですごく違うなと感じました。

今、徳成さんがおっしゃっていましたが、日本人というのは真面目過ぎるのですよね。それは日本人の美徳でもあるのですが、グローバルに戦いたいとなったときに足枷になってくる

たとえば、何かルールを決められると日本人は皆、きちんと守ろうとします。ルールというのは守るために作られるのだから当たり前じゃないか、と言われたらその通りで反論のしようもないのですが、グローバルに見ると、言われたことを必ずしもきちんと守らない人というのはけっこう多くて。みんながきちんとしていないからルールを作る、というような側面があるのですよね。

徳成 日本人はほっといても守りますからね(笑)。

堀内 そうそう、まわりの顔色を見たり忖度したりして、何となくな規律が生まれやすい国民性だと思います。そういう国民性の人たちに「これがルールですよ」と提示するのと、特にアメリカのようなさまざまなバックグラウンドを持った人たちが集まったところで提示するのとでは、守り方が全然違ってくる。

日本人は、ルールを守らないと大変なことになるというような深刻な受け止め方をしますが、片や「まあ、このぐらいでいいだろ」という感じですから、同じ強さで同じ内容のことを言っても、反応が全然違うのですよね。

それで何が言いたいかと言えば、細かいルールを作って物事を進めようとすると、日本人だけががんじがらめになってアニマルスピリッツも何もなくなっていく。それで「あっちは全然ルールを守ってないじゃないか!」と怒ってみたり。

そのような状況になってしまうので、そうしたニュアンスの違いをわかっている人がルール作りをしたり、ルール運用したりしないと、日本人だけがバカを見るというようなことになってしまいかねないです。

もちろんルールを守るのは法治国家の原則中の原則ですから、聞く人によっては「何だそれは! ルールを破れということか?!」と誤解するかもしれないので、言い方が難しいのですが、これが私が感じている日本の課題です。

徳成 だからアニマルスピリッツを発揮するうえでも、ルールをどこまで受け止めるか、ということは考えないといけないですよね。著書にも書いたのですが、近年アメリカのSOX法(サーベイランス・オクシリー法。企業の不正行為への対策として制定された内部統制および監査に関する米国の法律)をベースに日本でもJ-SOX法(内部統制報告制度)が導入されたり、イギリスをまねて、コーポレートガバナンスコード(上場企業が行う企業統治においてガイドラインとして参照すべき原則・指針)やスチュワードシップコード(証券会社や銀行、保険会社や年金基金といった上場株式に投資する機関投資家に対して、「責任ある機関投資家」の諸原則をまとめた指針)が策定されたりしています。

後者の2つの「コード」は理由を言えば守らなくても良いソフトローなんですけど、いかんせん日本人は生真面目なので、実質、ハードローとして受け止める。つまり、もともと悪いことをして儲けようと思っていない日本人に、悪いことをしても儲けようと思っている人たち向けのルールを持ってきているわけですから、出ていないクギをさらに打って引っ込める、みたいなことになってしまいがち……と僕は思うんですね。

日本人がルールメイク側に
立てないのはなぜか

徳成 だから本当は日本人がみずからルールメイキングできるといいんですけど、残念ながら英語力の問題と、国力の問題で……。ESG(Environment・Social・Governanceを考慮した投資活動や経営・事業活動を指す)に関するさまざまなルールもヨーロッパが作っているし、ISO[スイスのジュネーブに本部を置く非政府機関 International Organization for Standardization(国際標準化機構)の略称。ISOの主な活動は国際的に通用する規格を制定すること]だってヨーロッパの組織。ヨーロッパ人は、アメリカに対抗するため、環境問題などでルール作りを主導しているんです。日本は、アメリカとヨーロッパの双方のルールに従うことになる。

本当は日本発のルールを作れるといいんですけど、残念ながらそれは難しい。ならば、その問題をわかっている我々おじさんたちが、「そこは適当でいいよ」と合理的に手を抜くといいますか、リスク・アプローチで「ここまではダメだけどこの辺はいいよ」と言ってあげないと、若い人たちはみんな完璧にルールを守ろうとしてしまう

そうすると、企業の収益力、ひいては日本の経済力がますます落ちて、国際競争力がなくなるという、まさに自縄自縛に陥りがちだと思いますね。

堀内 私もアメリカで働いてみて感じたのですが、残念ながら日本は第二次世界大戦で敗戦国になったことで、国際社会での立場が弱いんですよね。国連など国際機関でのポジションも少ないし。今、国連関係の機関で日本人がヘッドを取り続けているのはMIGA(多数国間投資保証機関)ぐらいですからね。

徳成 そうですね。その歴代長官の中には本田桂子さんもいる。日本人の女性がヘッドだったこともある、珍しい機関ですね。彼女は今、『ESG投資の成り立ち、実践と未来』(日経BP)という本を出されていて、これがけっこう好評らしい。

堀内 でも、日本人が取っているポジションといえばそれぐらい。韓国と比較すると、ヘッドはもちろん、海外で仕事している人、国際機関に就職している人も向こうのほうがだいぶ多い印象ですよね。

そこで思ったのが、日本は戦争に負けてすごく内向きになって、とにかく経済を成長させることに集中しようと考えた。その中でいい製品を作って輸出するという武器を身に着けて海外に出て行くようになった。逆に言えば海外との接点がそれぐらいしかなかったということですよね。

徳成 偏ってますよね。

堀内 だからルールメイクができない、英語ができないというのは、当然といえば当然なわけで。少し話が逸れますが、そもそも日本語というのは、文法構造から音まで、英語とまったく違うから、英語を学ぶ上ではとても不利ですね。これほど違う言語が地球上にあるのかと思うぐらい。

徳成 日本語は母音の数が少ないですからね。中国語などは母音が多いので、中国人は英語の発音も上手い人が多い。彼らは英語の音も聞き取りやすい、と言われていますし。僕はTOEICは900点以上だし、海外駐在したし、世間的には英語ができると思われていますが、やっぱりダメなんですよね、音が……。

堀内 私もまさに音の問題で、いまだに英語には苦手意識があります。小学生、遅くとも中学生ぐらいまでに海外に住んでいた人は、聞き取れる音の数が全然違うのではないでしょうか。

徳成 でも今の若い人は、Youtubeとかでいろいろ聞けるじゃないですか。これはいいですよね。僕も学生時代にこんなものがあったら、もっと上手くなっていたと思います。タダで勉強できますから。

あと「Otter」など、自分が喋った英語を文字に起こしてくれるアプリがあるじゃないですか。あれも便利ですよね。ただ使ってみると、自分が喋ったのとは全然違う英文が出てきて、僕の発音はこんなふうに聞こえているんだ……と愕然とするんですけど。

堀内 留学するにはTOEFLでの高得点が必要なのですが、私が留学のためにTOEFLを受けた頃というのは、ヒアリングのテストがありませんでした。日本人は妙にペーパー試験は得意だから、点数だけはすごく高いわけです。だから欧米の人からすると、なんでこんなに喋れないヤツがこんなに高得点を取っているんだ?と不思議でならないみたいです。

徳成 よく喋れないのに文章を書かせると、文法的に完璧なものを作ってくるから、「日本人って変だよね」と英語ネイティブに思われる、というのが、僕たち世代の「あるある」でしたよね(笑)。

堀内 やはり英語の音に関しては、早いうちに身に着けたほうがいい。私のイメージだと、6歳から14歳ぐらいまでの間に、3年以上海外に住んでいれば、相当聞き取れるし、きれいな発音になると思います。

徳成 そのぐらいの年齢だと、グラマーもきちんと身に付きますしね。行動範囲も広がってきている年齢だから、単語を覚える量も増える。……という英語の苦労話はいくらでもできてしまうので、これぐらいでやめておきましょう(笑)。

お話を聞いた方

徳成 旨亮 氏

株式会社ニコン取締役専務執行役員CFO

慶應義塾大学卒業。ペンシルベニア大学経営大学院(ウォートン・スクール)Advanced Management Program for Overseas Bankers修了。 三菱UFJフィナンシャル・グループCFO(最高財務責任者)、米国ユニオン・バンク取締役を経て現職。日本IR協議会元理事。米国『インスティテューショナル・インベスター』誌の投資家投票でベストCFO(日本の銀行部門)に2020年まで4年連続選出される(2016年から2019年の活動に対して)。本業の傍ら執筆活動を行い、ペンネーム「北村慶」名義での著書は累計発行部数約17万部。朝日新聞コラム「経済気象台」および日本経済新聞コラム「十字路」への定期寄稿など、金融・経済リテラシーの啓蒙活動にも取り組んできている。『CFO思考』は本名での初の著作。

堀内 勉

一般社団法人100年企業戦略研究所 所長/多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長

多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長。東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員CFO、アクアイグニス取締役会長などを歴任。 現在、アジアソサエティ・ジャパンセンター理事・アート委員会共同委員長、川村文化芸術振興財団理事、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、READYFOR財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、上智大学「知のエグゼクティブサロン」プログラムコーディネーター、日本CFO協会主任研究委員 他。 主たる研究テーマはソーシャルファイナンス、企業のサステナビリティ、資本主義。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、プロの書評家でもある。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)
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※本記事は「ダイヤモンドオンライン」に2024年1月16日に掲載された記事の転載です。
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