井村屋グループの100年企業経営の秘密
〜“進取の精神”と“人は宝”の精神で挑戦を続ける〜
目次
井村屋グループは「あずきバー」や「肉まん・あんまん」など、多くのロングセラーを持つ井村屋など、10の事業会社を束ねるグループ企業です。会社の看板であるあずき製品を進化させつつ、他素材の開発や海外のマーケット開拓も着実に進めています。新たな領域開発への挑戦を続ける井村屋グループの強さの秘密を、代表取締役社長(COO)の大西安樹氏に伺いました。
常温から冷凍へ 井村屋グループの挑戦
井村屋グループは常温・冷蔵・冷凍に対応したBtoCの商品を扱う井村屋や、BtoB調味料事業を行う井村屋フーズなど、10の事業会社から構成されています。あずきのおいしさがギュッと詰まった「あずきバー」、冬が近づいてくると思わず食べたくなる「肉まん」や「あんまん」。防災備蓄に最適な長期間保存可能な「えいようかん」など、一度は名前を聞いたことがある商品ばかり。井村屋グループの製品は私たちの毎日の暮らしに溶け込んでいます。
1896(明治29)年の創業当時、井村屋が最初に手がけたのが、ようかんでした。その後はキャラメルやビスケットなどを生産しながらも、事業の軸であるあずき製品に磨きをかけて市場に投入。温めてすぐに食べられる「即席ぜんざい」や初の缶詰商品「ゆであずき」など、消費者のライフスタイルに沿った人気商品を誕生させました。
井村屋グループの大きな特長であり、持ち味といえるのが「進取の精神」。先人の技術や味を受け継ぎつつ、新しいジャンルの開拓に果敢な挑戦を続けています。その例の一つが1963年に参入したアイス事業です。昨年4月に、COOに就任した大西安樹氏は振り返ります。
「それまでは常温商品ばかりでしたから、弊社としては、アイスへの挑戦は大きな転機だったといえるでしょう。当時は拡大戦略の一環として始まりました。当グループの経営ポリシーに、『不易流行』と『特色経営』という言葉があります。不易流行は松尾芭蕉の言葉で、“変わらないもの(不易)”と “新しいもの(流行)”をバランスよく取り入れることを示します。もう一つの特色経営とは、人(他社)の真似はせずにオリジナリティを追求するということです。この2点は常に意識しています」
しかし開発の過程は茨の道でした。あずきの粒は液体より重いため、ただぜんざいを固めただけでは、あずきが下に沈んでしまうところが課題でした。そのままでは見た目だけでなく、食感もイマイチです。開発部ではこの問題を解決するために水あめやコーンスターチの配分に工夫を重ね、どこから食べてもあずきの粒の食感と風味を楽しめるアイスバーを実現。1本に約100粒のあずきをまんべんなく散りばめました。こうして、あずきを得意としてきた会社ならではの「あずきバー」は、ロングセラーに成長しました。これは井村屋グループの技術開発力の賜物といえるでしょう。
市場の成長性を見極めて海外にも展開
アイス事業への挑戦は、次なるベスト&ロングセラーの布石にもなりました。
「アイス事業は冬場には需要が落ちるため、在庫を入れている業務用の冷凍ストッカーがどうしても空いてしまうのです。このスペースをなんとか活用し、寒い時期にも食べてもらえる商品を開発できないかと考案したのが冷凍の肉まんとあんまんです。とはいえ、1960年当時は冷凍庫がある家庭はまだ少ない。最初は売上が伸び悩んでいたので、什器メーカーと共同開発した専用蒸し器とセットで販売店に提供することにしました」
その後の人気については言うまでもありません。蒸したてほかほかの肉まんとあんまんは、消費者の心と胃袋をつかみ、すぐに食べられる温かいスナックというジャンルを確立。いまや冬の風物詩となっています。できたてを手軽に食べたい消費者ニーズを満たし、グループ全体の売上の30%を占める屋台骨の商品に成長しました。
その後も、ミルク感のあるバニラアイスとつぶあんを最中で包んだ「たい焼アイス」や、おもちとつぶあんの2つのトッピングの風味と食感が楽しめる「やわもちアイス」といった新規商品を市場に投入。それらと同時に、新しいマーケットへの参入やフードサービス事業の展開など、新たな挑戦に余念がありません。
2000年には中国・北京に現地法人を設立して、中国市場向けに調味料事業の進出、その後カステラの製造販売をスタートしました。2009年にはアメリカにも進出。カリフォルニアに現地法人を立ち上げ、「和と自然の味を食に生かし、グローバル企業への成長を目指す」をビジョンに掲げました。現地で製造販売しているのは、「もち」を生かした和風のアイスクリームです。
「中国は、市場の成長性に着目して進出を決めました。中国工場はいま、野菜などの天然系エキスを主原料とした調味料とカステラの生産を大連で行っています。アメリカでは『もちアイス』の認知度が高まってきました。マレーシアには現地パートナーと手を組んで、『あずきバー』をはじめとするアイスの企画販売をしています。イスラム教の国なのでハラル対応の商品開発を行っていますが、ここからASEAN(東南アジア諸国連合)各国に井村屋ブランドを広げていきたいと思っています。マレーシアはそのゲートウェイという位置づけです」
持てる技術を異なる領域に転換してシナジー効果を発揮
あずきやぜんざいをベースにした多彩な商品開発、それを武器にした海外市場への積極的な開拓。しかし、同グループの成長の軌跡はまだ続きます。
2017年からは肉まんとあんまんの“包む”技術を応用した点心・デリ工場が稼働しました。2021年には三重県多気郡の商業リゾート施設「VISON(ヴィソン)」に、酒蔵を併設した直営店舗「福和蔵」を出店しています。井村屋が酒造免許のある会社を事業継承した経緯から、日本酒の製造販売に踏み出しました。
「VISONでは、日本酒の『福和蔵 純米大吟醸』や、日本酒を造る工程で出る醪を利用した『酒饅頭』を販売しています。『福和蔵 純米大吟醸』は、世界的に最も権威ある酒の審査会の一つであるIWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)「SAKE部門」でゴールドメダルを受賞することができました」
さらに日本酒の生産は同グループの得意技を活かせます。液体調味料や粉末調味料などを手がける井村屋フーズでは、酒粕を原料とした「酒粕パウダー」を製造し、パン生地や麺類、飲料などに発酵感を付与できる素材として幅広い用途に提供しています。酒粕パウダーは、蔵元と井村屋の素材と技術が融合した好例です。
近年は、大豆製品への新たなる挑戦も注目されます。井村屋では、あずき製品で培ってきた技術やノウハウを大豆製品に活かし、三重県産の大豆とにがりのみを使用した「美し豆腐 LONG SHELF LIFE180」を発売しました。商品名からもわかるように同製品の賞味期間は180日。ロングライフの豆腐です。現代のライフスタイルに合致した健康的な「食」のニーズに対する同グループなりの一つの答えがそこにあります。
「井村屋グループの中にある技術を活かせないか。いつもこう考えていますね。グループの機能はサービス、サポート、サジェスチョンの『3S』を提供してシナジー効果を最大限に発揮することですから」
そう話す大西氏が今、課題として取り組んでいるのが人的投資です。
「人材を採用するとPL(損益計算書)には出ますが、BS(貸借対照表)には出ません。でも、本来はBSに出るべきものであり、人材はコストではなく資産のはずです。弊社の創業時の社訓は『商品こそわが生命、人こそわが宝』。人の成長については積極的に投資を行い、それぞれに実力を発揮できる人材を育てていきたいですね」
既存の場所に安住せず、もともとの強みを活かし、磨き上げてきた技術を新たな分野に転換し、活動領域を広げてきた井村屋グループ。それを可能にしたのは間違いなく人材です。人的投資にさらに注力すれば、私たちの食を豊かに彩る製品が続々と登場するに違いありません。
お話を聞いた方
大西 安樹 氏(おおにし やすき)
井村屋グループ株式会社
代表取締役社長(COO)
三重県伊勢市出身。1982年井村屋製菓株式会社(現:井村屋グループ株式会社)入社。経営企画統括部長、IMURAYA USA, INC. CEO/COO、IMURAYA MALAYSIA SDN. BHD.代表取締役社長などを経て、2023年4月より現職。IMURAYA MALAYSIA SDN. BHD.代表取締役会長、井村屋スタートアッププランニング株式会社代表取締役社長を兼務。
[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
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