シングルモルト探訪:蒸留酒の最高峰への旅
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記事公開日:2020/03/25 最終更新日:2024/03/26
※百計オンラインの過去記事(2015/08/30公開)をもとに加筆
ウイスキーの世界は深く、魅力的で、時には複雑でさえあります。その中でもシングルモルトは、その独特な製法や特徴から多くの愛好家を魅了し続けています。このコラムでは、シングルモルトの魅力を最大限に引き出し、理解を深めるための情報を掲載します。定義と特徴から製造プロセス、歴史とその起源、さらには世界のトップブランドや適切な楽しみ方まで、あらゆる角度からシングルモルトを探求しましょう。また、価格帯による違いも解説し、あなたのウイスキー選びをサポートします。シングルモルトの世界への旅を始めませんか?
シングルモルトとは何か:定義と特徴
「シングルモルト」とは、単一蒸留所での原酒のみで作られたモルトウイスキーのことを指します。モルトとは大麦麦芽、つまり、モルトウイスキーとは、大麦の麦芽100%で造られたウイスキーのことです。大麦は、水分を加えて発芽させ、その後乾燥させて麦芽化させます。これにより、大麦のデンプンが酵素の作用により糖に変換されます。その後、この糖分を含む液体(ワート)に酵母を加え、発酵プロセスを経て、糖がアルコールに変わります。
シングルモルトの特徴は、製造過程や熟成期間、蒸留所の地理的な位置などにより、その風味や香りが大きくかわる点です。シングルモルトには、スモーキーでピート香が強いものや、フルーティーでスパイシーな風味のものなどがあります。これらの個々の特性は、シングルモルトがウイスキー愛好家に愛される理由の1つです。
シングルモルトとブレンデッドウイスキーの違い
モルトウイスキーとは別に、トウモロコシなどの穀物を原料にしたグレーンウイスキーという種類もあります。軽やかですっきりとしたシンプルな味わいが特徴です。なお、複数の蒸留所のモルトウイスキーとグレーンウイスキーをブレンドしたものは『ブレンデッドウイスキー』と呼ばれています。
「ブレンデッド」がバランスのとれた味や香りを追及しているのに対し、「シングルモルト」はその蒸留所の個性やこだわりがそのまま反映されているのが特徴です。
実はシングルモルトが誕生するまでは、ブレンデッドウイスキーが主流派でした。それは、大麦を主原料として製造されるモルトウイスキーは個性が強く、「飲みにくい」と考えられていたため、グレーンウイスキーとブレンドすることで、飲みやすくしていたからです。
シングルモルトの歴史とその起源
シングルモルトウイスキーの起源はスコットランドにあり、その歴史は非常に古く、中世にまで遡ります。初期のウイスキーは、一部の修道院で薬酒として作られていたといわれています。修道士たちは、ビール醸造の技術を応用し、蒸留技術を発展させました。
15世紀頃になると、スコットランド政府はウイスキーの生産を管理し、税金を課すための法律を制定しました。1725年にウイスキーの税率が大幅に引き上げられたことに対抗して、生産者の多くは密造を行うようになりました。密造酒であるため、自由に販売の時期を選ぶことができなくなり、生産者はウイスキーを樽に入れて保管すること思いつきます。この樽の中に入れられたウイスキーが長い時を経て「琥珀色をした芳醇でまろやかな香味をもつ液体」へ変わることが発見されました。
18世紀になると、大量生産のための技術が発展します。連続蒸留器が導入され、ウイスキーの生産量が飛躍的に増加しました。これにより、ウイスキーはスコットランドだけでなく、世界中に広まるようになりました。
20世紀後半になってからは、シングルモルトウイスキーが本格的に注目を集めるようになりました。それ以前はブレンデッドウイスキーが主流でしたが、ウイスキーの個性を追求する向きが強まり、1つの蒸留所だけで作られたウイスキー、シングルモルトが評価されるようになりました。
スコットランドにある5地区の蒸留所エリア
スコットランドには100を超える蒸留所があります。酒類生産免許に関する規制の違いに基づいて、かつてはハイランド、ローランド、キャンベルタウン、アイラの4地区に分類されてきました。しかし、現在ではハイランド地域の、特に蒸留所数の多いスペイサイドを独立させて、5地区に分類する方法が主流です。(オークニー諸島などの島嶼部「アイランズ」を含めて6地区にする場合もあります)
・ハイランド
約40の蒸留所があります。製造されるウイスキーはさまざまで、共通する特徴を見いだすのは難しいとされていますが、全般的には軽やかで飲みやすい味わいです。
・ローランド
スコットランドの首都エディンバラがあり、かつては多くの蒸留所があったエリアですが、今は衰退し操業しているところはわずかです。他のエリアが蒸留を2回しか行わないのに対して、かつてのローランドは3回蒸留を伝統としていました。しかし、現在3回蒸留を行っているのはオーヘントッシャン蒸留所のみです。穏やかな風味を特徴としています。
・キャンベルタウン
今では2つの蒸留所しか残っていませんが、かつては30を超える蒸留所が存在したモルトウイスキー造りの中心地でした。「香り豊かで、オイリー、塩っぽい風味を持つこと」がこの地域の特徴とされています。
・アイラ
ウイスキーの聖地といわれるアイラ島の海辺には、8つの蒸留所が建てられています。この地域は気候が温暖で大麦の栽培に適しており、ピート(ヒースというスコットランド北部の原野に多い野草や水生植物などが炭化した泥炭のこと)が豊富で良質の水が手に入ります。どの蒸留所も強烈な個性があり、共通点を見つけるのは難しいです。
・スペイサイド
スコットランドに存在する蒸留所の約半数、およそ50の蒸留所がある地域で、大麦の収穫量が多くピートが豊富な場所です。全体的に華やかな甘みをもっているのが特徴で、最もバランスに優れた銘酒が揃っていると評されることもあります。
・アイランズ
オークニー諸島、スカイ島、マル島、ジュラ島、アラン島にある、6つの蒸留所を総称しています。単純に蒸留所がある島の地理的な分類にすぎませんので、共通する特徴はありません。
シングルモルトの製造プロセス:モルティングから瓶詰めまで
シングルモルトウイスキーの製造は以下のプロセスを辿ります。
①麦芽化(モルティング):まずは、大麦を水に浸して発芽させます。これにより、大麦の中のデンプンが糖に分解されます。発芽が適度に進んだ後、乾燥させることで、麦芽(モルト)になります。
②糖化(マッシング):乾燥させた麦芽を粉砕し、「マッシュ」という粉にします。このマッシュを熱湯と混ぜ合わせることで、「ワート」という発酵に必要な糖分を多く含んだ液体が得られます。
③発酵(ファーメンテーション):ワートを20℃前後まで冷やして発酵槽に移し、酵母を加えて発酵させます。これにより、糖がアルコールに変換され、「ウォッシュ」と呼ばれるアルコール度数8~9%の液体が生成されます。
④蒸留(ディスティレーション):ウォッシュは単式蒸留器(ポットスチル)と呼ばれる蒸留器で二度蒸留されます。最初の蒸留で「ローワイン」、二度目の蒸留で「ニューメイク」と呼ばれる度数の高いアルコールが抽出されます。
⑤熟成(マチュレーション):ニューメイクを樽に入れて熟成させます。樽には、バーボン樽、シェリー樽、ワイン樽、新樽等などがあり、ウイスキーは熟成中に風味や色を樽から吸収します。熟成期間は法律で定められており、シングルモルトウイスキーの場合は3年以上です。
⑥瓶詰め:熟成が完了したら、最終的なアルコール度数に調整するために水を加え、低温濾過(チルドフィルター)という過程を経て瓶詰めされます。このようにしてシングルモルトウイスキーは市場に出る準備が整います。
以上が大まかな製造プロセスですが、蒸留所ごとに製法や特徴が異なるため、多種多様な個性を持つシングルモルトウイスキーが生まれることになります。
世界のトップシングルモルトブランドとその特徴
世界中の多くの愛好家に愛されているシングルモルトウイスキーは1つの蒸留所で製造されます。地域性と製造者の技術がダイレクトに反映されるため、その個性と風味の多様性は無限に広がります。ここでは、世界のトップシングルモルトブランドとその特徴についてご紹介します。
Glenfiddich(グレンフィディック)
ゲール語で「鹿の谷」を意味し、世界で最も売れているシングルモルトの1つ。1963年に初めて「シングルモルト」を冠したウイスキーとして販売されました。フルーティーでバランスのよい風味が特徴です。特に、レモンや洋ナシのようなフレッシュな果実味と軽いスパイス感が楽しめます。
The Macallan(マッカラン)
スコットランドのスペイサイド地方を代表するこのブランドは、その洗練された風味と高品質で知られています。特に、リッチでスムーズな口当たりはウイスキーの中では飲みやすく、シェリーカスク(シェリー樽)熟成による甘く深みのある風味があります。
Talisker(タリスカー)
スコットランドのスカイ島で製造されているこのウイスキーは、大自然の影響をダイレクトに受け、強烈なピートと海塩の風味が特徴です。また、力強く、スモーキーで、特に口の中で爆発するようなピリッとしたスパイス感は「海の爆発」や「液体火薬」などとも形容される程です。
Lagavulin(ラガヴーリン)
強烈なピートの風味とリッチなスモーキーさが特徴のこのブランドは、アイラ島のウイスキーとして有名です。強烈な風味があるので、好き嫌いが分かれるウイスキーでもありますが、甘さと塩味が絶妙に絡み合ったバランスのよさも兼ね備えており、クセになる味わいが楽しめます。
シングルモルトの適切な楽しみ方:テイスティングガイド
ウイスキーの飲み方に正解はありません。オンザロックでも水割りでも、ハイボールでも構いません。なお、ウイスキーは少量の水を加えることで風味が開くこともあります。要は、お気に入りのスタイルで飲めばいいのです。ただし、味わい深い「シングルモルト」の世界を楽しむ飲み方はストレートに尽きるといえるでしょう。グラスはロックでもショットでも構いませんが、香りを楽しむという意味では、ワイングラスを小ぶりにしたようなテイスティンググラスが最適です。バーテンダーにリクエストしてみるといいでしょう。
シングルモルトウイスキーをストレートで楽しむときのテイスティングガイドは以下のとおりです。
1.グラス選び:シングルモルトをテイスティングする際には、チューリップ型のグラスを使用することが推奨されています。これは、狭い口部分が香りを集め、ウイスキーをより深く感じることができるからです。
2.見る:まずはウイスキーの色を観察します。色は熟成年数(原則として熟成が進んだものほど色が濃くなる)、使用された樽の種類、ウイスキーのスタイルなど、多くの情報を伝えてくれます。
3.嗅ぐ:次に、ウイスキーの入ったグラスをゆっくりと回転させながら香りを嗅ぎます。一気に深く嗅がずに、まずは軽く、そして徐々に深く嗅ぐようにしましょう。原料やカスク、熟成期間で変化する香りを感じ取ることで、ウイスキーの複雑さと深みを理解することができます。
4.味わう:少量のウイスキーを口に含み、舌全体に行き渡らせます。香りはもちろん味わいや口当たり、アフターテイストをじっくりと感じてみましょう。また、ウイスキーはアルコール度数が高いため、ゆっくりと時間をかけて飲むことが大切です。
5.考える:最後に、そのウイスキーの香りや風味、個性、どのような要素があるのか考えます。これにより、次にウイスキーを選ぶ際の手がかりが掴めることでしょう。
忘れていけないのがチェイサー(ミネラルウォーター)の存在です。もともとシングルモルトはアルコール度数が高いため、ストレートで飲めば当然酔いやすく、舌も麻痺しやすいです。それを避けるためにもチェイサーは必要です。
テイスティングによって好みのシングルモルトを見つけ、自分なりの楽しみ方をしていきましょう。
シングルモルトの価格帯:エントリーレベルからプレミアムまで
シングルモルトウイスキーの価格は、生産地、ブランド、熟成年数、製造工程、生産量、カスクの種類など多くの要素により大きく変わります。これらの要素の中でも、熟成期間は特にウイスキーの価格に影響を与えるといわれています。これは、長期間熟成されたウイスキーには、製造過程において多くの時間とリソースが費やされるためです。熟成期間が長いほど、ウイスキーは複雑で豊かな風味を発達させ、その価値を高めていきます。
しかし、これは絶対的なルールではなく、さまざまな要素が絡み合って価格が決まります。以下に一般的な価格帯を示しますが、これはあくまで一例なので、実際の価格は各ブランドやショップにより異なります。
1. エントリーレベル(3,000円~7,000円程度):一般的に10年から12年の熟成期間となるウイスキーがここに当てはまります。これらのウイスキーは、シングルモルトの特性を味わうのに十分な品質があります。有名なブランドとして、Glenfiddich 12年やAberfeldy 12年などがあります。
2. ミッドレンジ(8,000円~20,000円程度): ミッドレンジのシングルモルトウイスキーは、概ね15年から18年の熟成期間を有しています。これらのウイスキーは、より深みと複雑性を持っています。ミッドレンジのウイスキーには、Glenlivet 18年やLagavulin 16年などがあります。
3. プレミアム(20,000円以上): プレミアムレンジのシングルモルトウイスキーは、20年以上熟成したものや、特別な製造工程を経たもの、限定品などが含まれます。これらのウイスキーは、非常に洗練された味わいと複雑性、独自の風味を持っています。プレミアムレンジのウイスキーには、The Macallan 18年、Yamazaki 25年などがあります。
ウイスキーの価格は需要と供給のバランスや為替レートなどにより変動するため、常に最新の情報をチェックすることをおすすめします。
果てのないシングルモルトの世界へ出かけましょう
限られた字数の中で、シングルモルトを語り尽くすことはとても難しいです。しかし、このコラムの知識で、まずはシングルモルトの世界のドアを開けることは可能です。味覚はもちろん、視覚や嗅覚によっても愛でることのできる奥深い世界を学び、そして何よりもシングルモルトを心から味わっていただきたいと思います。
著者
株式会社ボルテックス 100年企業戦略研究所
1社でも多くの100年企業を創出するために。
ボルテックスのシンクタンク『100年企業戦略研究所』は、長寿企業の事業継続性に関する調査・分析をはじめ、「東京」の強みやその将来性について独自の研究を続けています。