社会的共通資本としての大学はどうあるべきか
藤井輝夫・総長が描く「未来の東京大学」とは

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目次

※本記事は「東洋経済オンライン」に2024年8月9日に掲載された記事の転載です。

現在、学校のみならずビジネス社会においても「教養」がブームとなっている。そもそも「教養」とは何か。なぜ「教養」が必要なのか。

前回に続き、3万5000部のベストセラー『読書大全』の著者・堀内勉氏が、東京大学総長の藤井輝夫氏に、多様性の実現や大学のマネジメントの問題を中心に、グローバル社会における大学のあり方や課題について話を聞いた。

東大のパーパスとは何か

堀内 前回の最後に、これから東大はどこに向かうのかという話をいただきました。その関連で言うと、いま企業は「パーパス(目的)」というものを強く問われています。パーパスとは簡単に言えば、その企業の社会における存在意義です。

これまで企業ではミッションやビジョンといったものが重要視され、「自社はこれを目指したい」「これをやらなければならない」と、自分のしたいことばかりを掲げてきました。皆さんは、私たちのしたいことに共感してくれますか、ということが企業の発信するメッセージになっていました。

しかし、現在では、それは違うのではないかということでパーパスが出てきて、結局のところ社会から求められない企業は存続ができない、という考えになりました。社会の中で自社がどのような位置づけにあって、社会に対してどのような貢献ができているのかといった存在意義を訴えていかないと、企業も生き残れないということです。

そこで、ぜひ、このパーパスについて、東京大学としてはどのように考えられているのか。人によってさまざまな意見があると思いますが、藤井総長のお考えをお聞かせいただければと思います。

藤井 ご存じかもしれませんが、私たちには「UTokyo Compass」という基本方針がありまして、まさにこれが今おっしゃられたパーパスに近いと思います。

UTokyo Compassでは3つのコアバリューを掲げ、構成員と共有しています。このうち、「世界の誰もが来たくなる大学」というのはミッションに近いですが、私たちはいろいろな人たちと繋がって、対話を通じて知を共有する、新たな知を創造していく(「対話から創造へ」)。この時、「多様性と包摂性」を大切にして、できる限り多様な方々と繋がり、多様な意見を受け入れていく過程で、新たな学びを生み出していく。そして、最終的には東京大学を「世界の誰もが来たくなる大学」にしよう、と言っています。

堀内 なるほど。ありがとうございます。個別論に入ってしまいますが、今の多様性に関するお話の中で、東大には女性が少ないという問題があると思うのですが、これについてはいかがでしょうか。

藤井 その通りだと思います。

堀内 ついに矢口祐人副学長が『なぜ東大は男だらけなのか』という本まで出されて、皆さんいろいろな大学のあり方とか、教育の議論をされるのに、どこも女性の問題を取り上げていないということ自体を本の中で書かれていました。多様性と言ったときに、足元のジェンダーに関する多様性に対応できていないということだと思います。

多様性包摂共創センターを創設

藤井 そうですね。ただ、多様性というと日本ではジェンダーの多様性が一番に出てきますが、それ以外にも国際性も多様性の1つですし、出身国や地域、エスニシティなどの多様性が存在します。

この他、ディスアビリティ・インクルージョンの課題もあります。これらを含めて、多様性と包摂性(Diversity & Inclusion, D&I)を大事にしようと言っています。

そのための1つのステップとして、たとえば留学生を考えると、東京大学では大学院生の約30%が留学生ですが、学部生には数%しかいません。その理由の1つに、英語で受けられる講義が少ないという事情があります。まずはこれを解消しようということで、グローバル教育センターという組織を2023年4月に設立して、英語で受けられる科目を大幅に増やしました。学部生が受けられる学際的な、とくにSDGsに関係するトピックを中心とした科目群をここで用意しています。

また、男女共同参画やD&Iの文脈では、2024年4月にIncluDE(多様性包摂共創センター)を立ち上げました。ジェンダー・エクイティ推進オフィスとバリアフリー推進オフィスを包含しているほか、DEI (Diversity, Equity & Inclusion) に関する研究と実践の両方に取り組む新しいタイプのセンターです。

DEIに関わるさまざまな研究を行いながら、その成果を支援などの実践の場に生かし、実践で得た知見を新たな研究に繋げる、という研究と実践の好循環を通じて、ジェンダー・エクイティ及びバリアフリーの推進に取り組んでいます。

堀内 今のお話をうかがっていると、私のイメージしている大学改革の方向にとても合っていると感じるのですが、そうすると結局、社会とどう関わっていくかというのが、企業にせよ大学にせよ、存在意義の大きな部分だとすると、その組織をどのように回すかというのはすごく重要だと思うんですね。

企業経営でよくありがちなのは、たとえば創業経営者が技術系の人で、技術にしか興味がない。もしくはセールス系の人で、セールスにしか興味がない。そういう会社はだいたい財務や人事や総務をおざなりにして、組織を回すということを真剣に考えないんです。自分が今までこれで成功してきたから、みんなも同じようにやれば会社は大きくなるだろうという感じですね。そういう経営者が創業系の人にはすごく多い(笑)。

それとパラレルに日本の大学、たとえば東大を見ると、大学における研究や学問が先ほどの企業における技術や営業だとすると、その組織を支える人事、総務、財務といったバランスシートの右側ですが、それにあまり力を入れてないなと感じています。それをまさに藤井総長は力を入れられようとしているのではないかと思うのですが。

たとえば先日、ある研究会に参加したあとに、そのメンバーで食事をご一緒したのですが、東大の研究所の所長さんがお二人いらっしゃいました。お話をうかがうと、研究どころではなくて事務作業が大変すぎると。そういうことは大学の事務局に任せることで組織を回せないのかなと思うのですが。

大学の運営経費をどう増やしていくか

藤井 これには理由があります。2004年に国立大学が法人化されてからの20年間で、たとえば東京大学全体のアクティビティは、年平均で約2%、右肩上がりでずっと大きくなっています。ただ、国から来る基盤的経費である運営費交付金自体は、むしろ減っています。

組織としての基礎体力の部分を、いわゆる競争的経費でカバーすることは相当難しく、基盤的経費で支えざるを得ませんが、その基盤的経費は増えていません。そのため、大学の経営モデルを従来の補助金型から、大学独自基金を活用するいわゆるエンダウメント型に転換して、恒常的に必要な経費を自立的に得ようという改革も進めています。このように経営の基盤部分を固めていかないと、職員組織を安定的に拡大していくことはできません。

大学全体としてのアクティビティや大学に求められる役割は増えているけれども、それを担う資金は減っている。その中で職員の皆さんや先生方がなんとか頑張って支えてくださっているのが現状です。

堀内 なるほど。わかりました。ですから、企業経営的に考えると、やはり何か欠落している部分がすごく多いということですね。

藤井 そうです。エクイティは変わらないけれど、活動スケールだけは大きく成長している状態です。

堀内 そろそろ時間もなくなってきましたので、もう一度大きな話に戻って、先ほどから「知」という言葉がたくさん出てきたと思うのですが、知や知識と教養との違いですね。藤井総長がお考えの教養というのはそもそも何なのかというお話をうかがいたいと思います。

藤井 教養というと、いわゆる自由七科(リベラルアーツ)がありますが、そのような静的な固定化された知識を学ぶだけでは不十分で、しかも現代社会で必要な知識というのは動的に変わりますので、むしろ知識を学んでいくその学び方や、学んだ知識の活用の仕方といった、いわば方法知というものとの組み合わせがきわめて重要だと考えています。

知識が爆発的に増加している現代において、あるいは、新しい技術やツールが次々と出てくる現代において、方法知の部分がしっかりしていないと、「教養」としても不十分ではないかと思います。

社会的共通資本としての大学

堀内 前回の最後に少し話していただきましたが、今の資本主義社会の中における大学ということについて何かお考えになっていることや、議論をされていることはありますか。

藤井 資本主義社会の中にあっては、大学とはほとんど社会的共通資本だと考えます。ですからこれをどう支えるかということは、大学の中だけで議論してやっていくというよりは、資本主義の仕組みの中で大学をどうするかについて――もちろんこれは最終的には財政的にどう支えるかという話も含めて――考えていかなくてはなりません。

もちろん大学側もしっかりそれに応えられるように、自分たちの活動をしっかり学外の皆さんに説明できるようにコミュニケーションをとっていく必要があります。その部分についてはまだ足りていないのではないか、ということも常々申し上げています。大学自体の活動をよりわかりやすい形で世の中に知らせていくべきだと思っています。

加えて、大学自体もよりオープンに、多くの人がアクセスしやすいようにしていく必要があると考えています。そういう中で、皆さまから支持・支援いただき、そのご支援をもとに大学が新たな学知を生み出していく、あるいは大学の活動を通じて社会に還元することで、それがまた新たな支援を生んでいく、という循環を生み出す。こうした新しい大学モデルの構築を考えていかなくてはならないのではないか。このことは社会的共通資本としての大学をどのようにして社会全体で支えるか、ということにも通じていくのではないか。このような議論は常々行っています。

堀内 宇沢弘文先生が提唱された社会的共通資本の中で、一番難しいところは担い手の問題だと思っています。要は市場取引に委ねるでもなく、国に任せるのでもない第三のエリアということで、宇沢先生はその管理を専門家に任せるというようなことを言っていたと思いますが。

藤井 そうですね。

堀内 では専門家とはいったい誰なのかということなんですね。冷静に考えてみると、現実的にそれができるのはやはり大学なのではないのかという気はしています。そうすると大学の役割は、新しい資本主義的な、市場取引の外の公共的な空間のようなものをイメージしたときにとても大きいだろうと。しかし、先ほどの事務が大変だという研究所の話のように、現実には皆さんそれどころではないというような感じになっています。

藤井 そこは多分に仕組みの問題だと思います。国立大学としての仕組み、大学としてのモデルと言ったらいいのでしょうか。アメリカのモデルが決して良いとは言えませんが、ヨーロッパ、英国、いろいろモデルはありますが、そこの大学自体も社会的共通資本としてどう支えるかというモデルの議論があってもいいのではないかと思っています。私たち自身、新しい大学モデルをつくると標榜しています。

これはある部分は国からの付託を受けて、つまり運営費交付金で支えられる部分がありますが、機能拡張部分と言っているのは、その外側で自己資金を獲得して、そこで自立的に役割を展開していくということです。

いまの日本の大学は、そういったハイブリッドのシステムの中で、先生方が本来の教育研究の業務に時間が使えるような形をどのようにつくっていくか、また先ほど堀内さんがおっしゃった人事や総務、あるいは財務もそうですが、その基盤的な部分の組織能力をアップデートし、まさにどうやって資本主義の中できちんと動いていけるようにするのか。そこも大事なテーマだと思っています。

欧米のダイナミックな大学の人事に学ぶこと

堀内 それに関連して、お答えしにくいことだとは思いますが、これだけ大きな改革を行うのであれば、総長の任期が1期では足りないように思います。そこはどうお考えでしょうか。

藤井 東大の場合、総長の任期は6年で、引き続いて再任することができないことになっています。確かに欧米の諸大学を見ると、かなり長く学長をやっていらっしゃるケースがあることも事実です。

また、欧米、とくに英国とアメリカの間ではバイス・チャンセラー、プレジデント、プロボストのある種のマーケットがあって、そこでどんどん人材が動いていますが、日本でも本来はこのような動きが起こってもよいのでは、ということは感じますね。つまり、ずっとアカデミアで研究に取り組んできた先生が、学部長を経験し、その後に学長になって、それでキャリアを終えるモデルではなく、まずは小規模な大学の学長や学部長に就き、その後より大きな大学の学長を経験して、更に大きい大学に移っていくという人事、マネジメントのあり方があっていいように思います。

堀内 そうですね。日本の企業が抱えている問題とほんとにパラレルだなとわかります。エグゼクティブ教育をやっていて、若干内心忸怩たるものがあるのは、結局会社に入って、会社で営業なり技術なりをやって、そこで成果を上げて、段々と係長、課長、部長になって、そして執行役員ぐらいになったときに、急にこれからはマネジメントが仕事だと言われます。

彼らのほとんどが20年以上そんなことを考えたこともないのに、いきなりマネジメントを行うのですから、いきなり教養が大切だと言われて、かなり混乱しているというのが日本の大企業の実情ではないかと思います。

藤井 どこも同じですね。

堀内 ですから本当はアメリカの企業だと、マネジメントに適している人は20代でピックアップされて、マネジメントのコースに乗っていって、それで他の会社に転職して、場合によってはまた戻ってきてと、マネジメントのプロとして育っていくのです。ある一定年齢以上になってから、それまで営業の成績が良かった人だけ集めて、さあ、これからはマネジメントです、教養ですと言われても、とても対応できないわけです。

藤井 最近いろいろな場所で言っているのですが、やはり新卒一括採用で年功序列で、1つの企業にとどまって、それで待遇が良くなっていくという大企業の世界をどのように変えられるかということが、いま非常に大きな課題になっていると考えています。これは学生がキャリアを考えるうえでも非常に大事で、様々な問題がこの構造に関わっている。これをなんとか変えられませんか、といろいろな方によく申し上げています。

「善い人生」「善い社会」のために東大に期待すること

堀内 そうですね。まさにいま日本社会が共通に抱える問題ですね。私も教養についてはいろいろ考えが固まってきていて、先ほど知と教養の関係というお話をうかがいましたが、私はやはり知識というのがある一定程度ないとものをきちんと考えるのが難しいのではないかと思っています。

人類の歴史、人類の蓄えてきた知というものは、どうしても一定程度学ぶ必要がある。学んだうえで考えるということだと思っています。そして考えるだけではなくて、やはりそれを実践に移して行動しないといけない。知識と思考と実践というこの3つが組み合わさって初めて教養になると考えています。

それでは、なぜ教養が必要なのかという、その「なぜなのか」がどうしても問われなければなりません。それはやはり人間の幸福につながっていると思うからです。古代ギリシア哲学的に言えば、善い人生、善く生きること。それから、人間が社会的な生き物だとすれば、善い社会を築くこと。個人と社会と両方の幸せを追求するために知識と思考と実践があるのだろうと思っています。

いま東大が藤井総長のイニシアチブの下で本当に動き出していて、大いに期待しているものですから、可能であるならぜひ藤井総長に長くやっていただけたらと思って申し上げました。時間になりました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

お話を聞いた方

藤井 輝夫 氏(ふじい てるお)

東京大学総長

1964年、スイス・チューリヒ生まれ。麻布中学校・高等学校、東京大学工学部船舶工学科卒。東京大学大学院工学系研究科船舶海洋工学専攻博士課程修了。博士(工学)。専門は応用マイクロ流体システム、海中工学。理化学研究所研究員、東京大学生産技術研究所長、東京大学理事・副学長などを経て、2021年に東京大学第31代総長に就任。

堀内 勉

一般社団法人100年企業戦略研究所 所長/多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長

多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長。東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員CFO、アクアイグニス取締役会長などを歴任。 現在、アジアソサエティ・ジャパンセンター理事・アート委員会共同委員長、川村文化芸術振興財団理事、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、READYFOR財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、上智大学「知のエグゼクティブサロン」プログラムコーディネーター、日本CFO協会主任研究委員 他。 主たる研究テーマはソーシャルファイナンス、企業のサステナビリティ、資本主義。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、プロの書評家でもある。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)
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※本記事は「東洋経済オンライン」に2024年8月9日に掲載された記事の転載です。元記事はこちら

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