小宮一慶氏に聞く
経営に必要なのは関心の感度を高め「企業の方向づけ」を行うことだ【セミナーレポート】
目次
経営者には自社が何をすべきかという方向性を定める必要があり、そのためには外部から影響を及ぼすさまざまな要因を見極め、対処する姿勢が重要となってきます。疫病や戦争、自然災害など、非常事態が相次ぐ現代においては、経営者はみずからの感度を高めておかなければなりません。何に注視し、どのように能力を高めていけばよいのか、経営コンサルタントの小宮一慶氏にそのポイントを語っていただきました。
お話を聞いた方
小宮 一慶 氏
経営コンサルタント
株式会社小宮コンサルタンツ代表取締役CEO
京都大学法学部卒、ダートマス大学タック経営大学院修了(MBA)。東京銀行(現三菱UFJ銀行)、岡本アソシエイツ取締役、日本福祉サービス(現セントケア)企画部長を経て現職。明治大学会計大学院特任教授(2009年まで)、名古屋大学経済学部客員教授(現職)。ポーラ・オルビスホールディングス社外取締役など、5社の社外役員、6社の顧問を務める。『経営者の教科書 成功するリーダーになるための考え方と行動』(ダイヤモンド社)をはじめ、多数の著書がある。
経営は実務になるとなぜ難しくなるのか
いつの時代も経営指南書やビジネスセミナーの需要がなくならないのは、会社を経営することがそれだけ難しく、経営者の悩みも尽きることがないからでしょう。とはいえ、学問としての経営は、他の学問と比べても特別難しいものではありません。
ところが実務となると途端に難解さを増すのは、一つには経営が経済と大きく絡んでいるからであり、もう一つにはお金が絡んでいるからです。経済環境は目まぐるしく変化し続けるし、世の中には欲得ずくになってしまう人が少なからず存在する中で、事業を滞りなく継続することが困難を極めるのは当然のことです。
だからこそ「経営は実践」だということを、経営者は肝に銘じておく必要があります。原理原則を守ることは大前提ですが、頭でどれだけ理解しようと、実践して結果を出さなければ会社を存続させることはできません。
では、「実践的な経営」とは、どのような経営を指すでしょうか?
私は、
①「企業の方向づけ」
②「資源の最適配分」
③「人を動かす」
の3つだと考えています。
中でも重要なのは①「企業の方向づけ」です。方向づけとは「何をやるか、何をやらないかを決めること」であり、その的確な判断能力を経営者が持つことが、経営という仕事の8割を占めるといっていいでしょう。
方向づけをもう少し具体的にいうならば、ピーター・ドラッカーのいうところの「マーケティング」と「イノベーション」に該当すると思います。前者は、お客様が望む商品やサービスを見極め、形にして提供すること、つまり「お客様第一」の姿勢です。後者は、商品やサービス自体はもとより、提供までのプロセスや組織、人事制度などを大胆に変えることにより、新しい価値を創出することを指しています。
さまざまな企業の経営の現場に立ち会ってきた経験からいえることですが、成長を続けている企業ほど、マーケティングとイノベーションに多くの時間を割いています。裏を返せば、マーケティングとイノベーションに時間をかけて取り組まない限り、大きな成長や変革は望めません。
方向づけを行う際は外部環境を考慮せよ
方向づけを行う上で考慮しなければならないことの一つが、企業を取り巻く外部環境です。短期的なところでは第一に、日本では長きにわたり、インフレなのに低金利という不思議な状況が続いていることがあげられます。日銀は2016年からイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)を導入し、10年国債の金利を操作していますが、これは非常に特異なことで、世界の主要国の中央銀行は、短期金利の操作しかしていません。
日本において問題なのは、短期金利があまりにも低いことによって、預貯金が目減りしている状態が続いていることです。しかしこの異常な低金利がいつまでも続くことはありえず、注視しておく必要があるでしょう。
また長引くウクライナ侵攻の裏で、中台情勢の緊張も不安要素になっています。2024年1月には台湾の総統選挙が控えており、その結果によって中国の情勢が違ってきます。中国に対するデリスキング(リスクの軽減)が一層進めば、世界が二分化されていく可能性もあり、中国でビジネスを展開している企業は、対策を講じておく必要があるでしょう。たとえばアメリカ、カナダ、オーストラリアなど、カントリーリスクの小さな国での海外展開の検討を進めておくのも一つの手です。
さらには、約30年にわたる日本経済の低迷があげられます。名目GDP(国内総生産)は実額では少し増えていますが、ドル換算すると実は減っています。このことに多くの人は気づいていません。食料やエネルギーを輸入する際にはドル建てでの購入であり、すなわち購買力が落ちているわけです。私が調べたところ、この30年間、主要60カ国の中でドル建てでの名目GDPが伸びていない国は日本だけです。
加えて、長期的な課題への対処も忘れてはいけません。たとえば日本は本格的な人口減少期に入っていますが、このことが政府の財政支出の急増につながっています。日本の政府債務残高は名目GDPの250%を超えており、ここまで膨れ上がっている国は他にありません。2位のイタリアでも140%です。アメリカは日本の約半分の120%強ですが、それでも債務上限の適用停止法案の可決が、国の深刻な課題となっています。
日本では今後確実に、年金や医療など社会保障の破綻の危機を迎えることになりますから、こうした人口減少による政府の債務超過に対する備えをしておく必要があります。
関心の「フック」を訓練によって身につける
方向づけにおいては、こうした外部環境の分析に加え、明確なパーパス・ミッション・ビジョンを持つことや、自社の内部環境の分析も必要ですが、その上で、定期的にチェックができること、つまりPDCAをきちんと回せることが大前提となります。
通常であれば、1カ月に1回程度のチェックでサイクルが回っていれば十分でしょう。しかし非常時・緊急時には、そのペースでは間に合いません。私が過去に経営コンサルタントとして携わった会社では、週に1度で回したケースもあります。かなりの緊張感をともないますが、状況によってはそれくらいの覚悟が必要になるということです。
企業経営においては管理も重要な要素です。しかし管理は部長以下の人に委ねることもできます。逆に方向づけに関しては、経営者が能力を磨くしかありません。能力を磨く方法は、正しい努力の積み重ねを地道に、結果が出るまで続けるのみです。
私は経営者の方々には、次の3点を心がけることをおすすめしています。
①新聞やテレビのニュースを丹念に見る
②経営の原理原則を学ぶ
③何千年もの間、多くの人が正しいといってきたことを学ぶ
方向づけの能力を高める最大のポイントは、「関心」です。自社の事業に影響を及ぼしかねない社会の動きが経営者の目に見えているかいないかで、企業の明暗は分かれます。
しかし人は関心のないものに対しては、目の前にあっても意識できないものであり、それが見えるようになるには「訓練」が必要です。物事を注意深く丹念に見ていくうち、関心の「フック」が脳の中に形成され、そうするといろいろなものが引っかかってくるようになります。この訓練を2~3カ月も続ければ、必ず世の中を見る目が変わるでしょう。
また、いうまでもありませんが、経営者である以前に、人間として正しい判断ができることも大事です。ビジネスも人生の一部だからです。普段からやっていないことは、人はやれないものです。日頃から、小さなことから実践していく姿勢を持っていただきたいと思います。